姫路城のあとは、ぷらり野里旅

兵庫県

姫路城のあとは、ぷらり野里旅のイメージ

野里地域は姫路城の北東部に位置し、室町時代より職人のまち・商業のまちとして栄えていました。その栄華を残す町家を眺めながらぷらり野里旅はいかがでしょうか。

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野里門跡

兵庫県姫路市

野里門跡のイメージ

野里門は「野里」と姫路城武家屋敷との間に設けられていました。出入口にあたるので「野里門」は城下町として、商人の町としての役割を果たしてきました。

慶雲寺・お夏・清十郎比翼塚

兵庫県姫路市

慶雲寺・お夏・清十郎比翼塚のイメージ

嘉吉3年(1443年)創建で、もとは天台宗の寺院でしたが、天正5年(1577年)南室和尚が中興し臨済宗妙心寺派となりました。また、池田輝政が姫路城築城の際に木材を寄進し本堂が再建されました。
但馬屋の娘のお夏と御津の酒屋の跡取り息子のちに但馬屋に奉公人となった清十郎と深い恋仲になります。しかし、身分の違いから悲劇を招きます。大阪へ駆け落ちしようとして追手に捕らえられて清十郎は処刑、お夏は狂乱したと言われています。この二人の霊を弔う為に、但馬屋がこの比翼塚が建てられたとも伝えられています。

固寧倉

兵庫県姫路市

固寧倉のイメージ

飢餓に備えた備蓄倉庫で、1853年建てられました。備蓄量は、米25俵、麦36俵などで140人が1ヶ月分食べられる量だったと推定されています。平成7年に姫路市文化財に指定され、現在市内に5ヶ所のみ残っています。

大野家住宅

兵庫県姫路市

大野家住宅のイメージ

元禄時代「鍋市」という名の鋳物屋を営んでいました。建築年代は明治前期以前と推測されています。南側は明治33年に増築されました。平成16年に当初の形状を保ったまま修復されました。姫路市景観重要建築物第33号に指定されています。

魚橋呉服店

兵庫県姫路市

魚橋呉服店のイメージ

主屋は二棟からなり、南側は明治32年に住家として、北側は大正14年に呉服店として建てられました。ショーケースや呉服の布地を広げる畳敷き部分に設けられており、商店街全盛期の商家の趣を良く残しており、姫路市の都市景観重要建築物第31号に指定されています。

日吉神社

兵庫県姫路市

日吉神社のイメージ

祥和7年(840年)随願時の鎮守として比叡山の日吉大社から観請されたといい、山王観権と称します。
境内には寛政9年(1797年)の狛犬一対、弘化3年(1846年)の常夜灯1対、「右たしま(但馬)、左ひろミ称(広峰)」と刻印された道標があります。

姫路城 外濠跡 石碑

兵庫県姫路市

姫路城 外濠跡 石碑のイメージ

姫路城には敵から城を守るために内濠(2970m)、中濠(4323m)外濠(5232m)の3つの濠があり、総延長は12,525mありました。濠の最終地点がこの場所とされています。現在は石碑を残すのみで公道になっています。