真鶴町 石の彫刻に触れて 〜石と海と森林を歩く〜 スタンプラリー

神奈川県

真鶴町 石の彫刻に触れて 〜石と海と森林を歩く〜 スタンプラリーのイメージ

 神奈川県西部にある小さな半島、真鶴半島。小田原や箱根、熱海といった観光地の中心に位置するものの知名度はあまり高くありません。しかしここ真鶴は、碧い海や山に囲まれた、自然豊かな土地であることに加え、『三ツ石』といった石の聖地があり、『小松石』という希少な石の産地としても知られています。
 石にまつわる神秘的なパワーを秘めた場所、真鶴で海、森林、風を感じながらお散歩してみませんか。

ツアーの参加にはアプリが必要です。アプリをインストールしてツアーコード「74396」で検索してください。
アプリを利用すると、デジタルスタンプラリーやフォトブックなどが楽しめます。事故やケガに備えて100円で最大1億円の保険も加入できます。

どこかの子

神奈川県足柄下郡

どこかの子のイメージ

【作品コンセプト】

 子供の頃につくった砂の城は、海に消えていきました。繰り返される営みや、土地に記憶された歴史は私たちの足元に堆積しています。

 この彫刻は、こぼれ落ちる砂のように流れる時間を遠い国の小さな人形に重ねて形象化したものです。彫刻の手に握られたスプーンは、見えないもので満ちた世界を鏡のように映します。いつか観た映画の記憶なのか、真鶴の海は、むかし来たことがある場所のようでした。すべては続いていて、日常的な光景は尊いものであることに気づかされます。

 小さくて壊れやす人形は、石の彫刻になりました。無名の存在である「どこかの子」は、私やあなたでもあるのです。

七つの星

神奈川県足柄下郡

七つの星のイメージ

【作品コンセプト】

 真鶴の自然と、人々の調和のエネルギーを感じるこの場所に、貴船まつりの鹿島踊りの柄杓をモチーフにし、石の祠の中に掘り込みました。

 真鶴港のこの場所に立った時、波と風が凪ぎ、向こう岸には美しい家並みが見え、空からはゆったりとした鳶の声、すぐ近くからは人の笑い声が聞こえ、思わず港に腰を下ろし、のんびりと、その空間と時間を味わいました。遠い昔、魚だけでなく石材や木材、様々なものを運搬された港に、海や山の真鶴の自然と、人々との調和のエネルギーを強く感じました。

 少し歩くと、本小松石で出来た立派な階段が続く貴船神社があり、今回は、真鶴港で行われる貴船祭りの鹿島踊りに使われている柄杓を、人のエネルギーの象徴としてモチーフに入れ込むことにしました。小松石で彫った小さな祠には、空や海の振動が伝わり、石の表面が揺らぎ、その中に柄杓を彫り込みました。

 自然の小松石と、真鶴の人々が守ってきた歴史、そして私が彫るという行為、それが全て調和して作品として現れ、これからも続く、真鶴の港にひっそりと立ち続けてくれるのでしょう。これからも全ての生き物や人が発展しますよう祈りを込めて、弥栄。

石の時間

神奈川県足柄下郡

石の時間のイメージ

【作品コンセプト】

 〈石の時間〉は置かれている海岸と密接で、作品に穿たれた窪みと、はるか昔に刻まれた相似の窪みを海岸で見つけることができます。また宇宙の時間も秘められています。

 真鶴の浜に立ち、美しい海景に時を忘れ、見とれていた。そこには、打ち寄せる波間に不動の岩と岩の繋がりがあった。海も岩も一体となり、見事に自然そのものを感じさせた。だが、注意深く岩の連なりを見ると、いくつかの岩に小さな窪みが規則的に連なっていた。私の視線はその窪みの連なりに釘付けになった。緩やかな斜めや水平に穿たれたもの、あるいは逆L字型に窪みが連続したものなどが自然に溶け込んでいる。しかし、その連なる窪みを注視すれば不自然にも見える。極めて印象的な光景である。これらの窪みは、明らかに人がある目的を持って実用的必要性から穿った人工的な穴の痕跡であるに違いないと思った。

 「真鶴本小松石」によると『鎌倉幕府を開いた源頼朝は、真鶴から本小松石を切り出し真鶴港から船に積んで鎌倉に送り、寺やお城の石垣や礎石に用いました。』とあり。『また江戸幕府を開いた徳川家康もこの石を愛し江戸城の石垣や町づくりにも多用しました。』とある。波うち際で見た岩石の奇妙な光景が、鎌倉時代や江戸時代に穿たれた人工の痕跡の残滓であるとするならば、人と時が、場に関わった時間の痕跡でもある。

 今、再び岩山から切り出された小松石を、波間の古岩石と視覚的に共有できる場に設置し、遥かなる過去に刻まれた窪みの連なりを、再び、新しく切り出された小松石にその状態に近づくように刻むことによって、異なる時間層が関係を結ぶことになる。そのことによって刻まれた痕跡を持った石は、遠い過去から遥かなる未来まで果てしなく続く悠久の時間のなかに存在することになる。そして、実用的必要性から穿たれた窪みが、彫刻という精神的必要性によって、再び石に彫刻されることにより「石の時間」に組み込まれるのである。この石の彫刻は、過去と現在との結び目として彫刻であり、「石の時間」を抽出した「時間の彫刻」である。そして、そこには「人の時間」も重ね書きされたかのように刻まれることになる。

 「石の時間」に気が付くとき、その石を産出した「山や大地の時間」も「海の時間」も「空の時間」にも、そして「蝉の時間」や「蜻蛉の時間」や「蛍の時間」といった寿命を持つ「生命の時間」をも感じてくるに違いない。

 作品<石の時間>に穿たれた窪みの数は、その数自身のほかに約数を持たない素数の3と11である。そして、石の側面にひそかに10万年後の北斗七星の位置に七つの小さな穴が開けられ、その穴に縄文時代に発芽したといわれる古代蓮の種子が七個埋め込まれ、鉛の栓で封印されている。したがってには「宇宙の未来の時間」が組み込まれていることになる。その数7も素数である。10万年後の北斗星の位置が正しいか間違っているかは、今生きている人には判断できない。判断できるのは10万年後の人々である。

海へ

神奈川県足柄下郡

海へのイメージ

【作品コンセプト】

 石は、質量感を持って大地に腰を据える。石と大地の力の遣り取り。人は水を介して力を動きへと変え。聞かれた海は何処へ通じ何が訪れる。石はそこに在る。

 この「海へ」は、「山へ」と連作として考えられたものである。此度は様々な事情により「山へ」の方は実現できなかった。真鶴を訪ねて私の印象に残ったのは、御林と海岸の丸い石。御林の木々は、枝をくねらせ、高く高く空の彼方を目指す。海岸の石は、波のリズムに揺られ角を取られて、何ものかの卵のよう。地球の毛細血管のような御林の木々の枝は、空の彼方から何を受け取るのか。海に生まれた丸い石は、何と成って生まれ出るのか。こんな事を思い木々の根元に丸い石を置く。これが「山へ」で私が考えたこと。

 「海へ」は、真鶴町の文化財だより24号に平井義行さんが、―石は山の恵み。切り出した岩は船で海を運ぶ。山に生じた恵みは海を通じて富となって戻ってくる―と書かれていることから、四角い新小松石を海岸に置く。山から海へ、海へ何かを捧げ、海からの何ものかを待つ。石は質量感を持って、大地に腰を据える。石と大地の力を遣り取り。静かに石は、そこに在る。

【特筆事項】

※作品の周りは岩場となっております。すぐ近くまで行く場合はお足元にご注意下さい。

小松石の時間

神奈川県足柄下郡

小松石の時間のイメージ

【作品コンセプト】

 季節の移り変わりや天候の変化の中で、御林に存在する作品は草木や土に埋もれていきます。そこには作品に刻まれていく時間が在ります。

 掘り出された小松石は、森の中にあたかもすでに在ったかのように設置されています。季節の移り変わりや天候の変化のなかで、御林に存在するその作品は太陽に照らされ、草木や土に埋もれていきながら、さまざまな表情をみせてくれます。そこには確実に作品に刻まれていく時間があり、時間とともに作品は存在しています。

 自然について考察するとき、これまで我々は人間の生命の長さを基準に考え、人間の尺度で動植物の時間も、鉱物の時間も、あるいは宇宙の生成の時間も測ろうとしてきました。起源、場所、変化という要素が、作品においてどのような空間を占めているかについて意識的になることで、小松石の時間について考えてみたく思います。

 今後、毎年1枚の写真を撮りつづける定点観測によって、時間を可視化していきます。

【特筆事項】

※この作品の周りには土や草があります。すぐ近くまで行く場合はお足元にご注意下さい。

ビッグママ

神奈川県足柄下郡

ビッグママのイメージ

【作品コンセプト】

 神々しいほど魅力ある石を彫るのには勇気が必要だった。長い時間石と向き合い、石の中に眠る魂のようなものを彫りだそうと試みた。

 作品が好きなものだから、下手な文章を書いて作品の魅力を損なってしまっては大変だといつも考えてしまう。「ビッグママ」今回の制作では採石場で石と向き合った瞬間から特別なものだった様に感じている。大きくおおらかな原石を一目見た瞬間から私の心の中に何かが入ってきた。予め考えた形に向けて制作するといったスタイルでは無く、石と向き合い、彫り進めていくうちに石の中にある形を探り出す様な感覚で制作している。制作中は様々なことを考えるが、常にいくつもの選択肢の中から何か選択しているような感覚で制作している。感覚的には自分一人で制作しているのでは無く、石との共同作業のような感覚が近しいのかもしれない。大きく力強い石だが、この石は女性的だと感じた。そう感じるとイメージは膨らんだ。

 6ヶ月近く石を彫り続け「ビッグママ」になった。制作を終え帰宅しようとするとき「ビッグママ」はいつも寂しそうな表情を見せる。そして朝「ビッグママ」に出会うとき、温かく嬉しそうに迎えてくれる。真鶴の地で多くの方に愛される存在になってくれることを願っている。

マツル & 創知彫刻2020 & Love Stone Project-Manazuru

神奈川県足柄下郡

マツル & 創知彫刻2020   & Love Stone Project-Manazuruのイメージ

【作品コンセプト】

《マツル》
 この状況の中、真鶴のための作品と制作動機がシンクロし、当初のプランから変化し、それ ぞれを取り込んでいく感覚があった。モチーフは梟、荒波、豊穣、人魚、岩屋、真鶴。全くもってハイブリッドだ。

 真鶴半島には11の道祖神があるそうだ。なぜそれほど沢山の道祖神がここ真鶴にあるのだろうか。地方の小さな村には子孫繁栄や五穀豊穣、豊漁を願うこと切実な思いとして想像するに難しくない。そして、もう一つは自然や神に対する尊厳なる気持ちがあるからこそだろう。自然や神は日々の収穫や恵みを与え、人々を優しく包み込む。その反面、厳しく恐ろしいものであると考えられていたのだ。先人は自己に与えられた生活を神や自然と共に歩んでいく。そして、常に祈り、願うのである。幸いここには良質な石と石工が揃っている。その証が道祖神として出現したのかもしれない。

 真鶴半島を訪れると創成の時期から今現代に至るまで人々と神や自然との密接な関係を感じずにはいられない。苔むした地産の小松石で出来た石垣がいたるところで基礎をつくり、森には樟の大木が原生し深淵なるオーラが蔓延している。切り立った岸壁には容赦なく荒波が叩きつけ、荒々しいかたちを石に刻み込む。岬からみる朝陽(夕陽)はこの世のものとは思えないくらい美しさだ。

 このプロジェクト初期の頃、担当のUさんと作品の設置場所を見ながら雑談していた。その時、ふくろうにまつわる不思議な話しを聞いた。コンコンとアパートのドアを叩く音がしたのでドアを開けると、そこには一羽のふくろうが居、こっちをじっと見つめていた。その後すぐにふくろうは飛び去った。一体、奴は何を伝えたかったのだろうか。

 2020年12月、コロナウイルスの猛威によるパンデミックに全世界が晒されている。用心しながら生活し行動する事を心がける。そして、この状況に於いて、真鶴のための作品と制作動機がシンクロしていく感覚があった。モチーフも変化しそれぞれを取り込んでいく。梟、荒波、豊穣、人魚、岩屋、真鶴。全くもってハイブリッドだ。

《創知2020(石の遊具)》
 石は生きています。石にふれて、耳をあてて、においをかいで、石に話しかけてみませんか?石はみなさんとあそびたがっています。

《Love Stone Project – Manazuru》
 ハートもしくは鶴。
 2019年秋、打ち寄せる波の音を聞きながら、半島で出会った1,385人と巨石を磨く。
 石の輝きは、相模灘を超えて太平洋にはばたく。
 「Love Stone Project-Manazuru」
 線を描く、殻を被る、宙に投げる・・・

 人は昔から石に触れてきた。

 彫刻になる石には、視覚で味わう作法の中で、触れることを許されない。石と人との関わりの中で私たちの心に生まれる、大きな気づきや沸き立つ思いが石の中に閉じ込められている。世界中の人と石を磨く「Love Stone Project」は、この石の扉を開くプロジェクトである。

 「Love Stone Project-Manazuru」では、私は真鶴に滞在して大地とともに風雨を感じた。半島の付け根にある小松石の石切り場で制作を行った。そこで誕生した大きな石のハートを真鶴半島の先端に移し、半島が誘う1385人の訪問者とともに磨いた。10トンを超える石のハートは、現代の太陽の光を吸収しながらみごとに輝きながら、私たちに問いかける。石にそっと触れて耳を傾けください。あなたには、どのような石の声が聞こえますか。

夫婦とり

神奈川県足柄下郡

夫婦とりのイメージ

【作品コンセプト】

メオト鳥

真鶴の白夢に現れたふたつの鳥

あてなくさまようとぶ鳥の舞い

どこからきたのか話してくれるか

なみのはざまに翼をあらう喜びを伝えてくれ

海の底にもぐり、生みの魔の世界も知っているか

キラキラひかりを求め、とてつもない大空に向かう

真っ青の空に舞いながら一体になった

つがってメオトになった

いつかドーンと大地におりてきたのか

真鶴の丘にはいりこんで何万年

石切り場で出会った大きな岩と岩がとりになるまで時がたった

岩は桃色、さわるととても暖かい、手も桃色になる

ふたつの岩が息づいて、とりになってつがうまで

時がたった、そのままの姿で、翼を畳み込んで

この繋ぎはつよく、かたりうたう

うみとそらと大地の想いを

真鶴の海をみわたして

道は空っぽだ。どんなに歩いても・・・

神奈川県足柄下郡

道は空っぽだ。どんなに歩いても・・・のイメージ

【作品タイトル】

《「道は空っぽだ。どんなに歩いても・・・」(道は沖なり、而して之を用うるに或いは盈たず-老子) 第4休憩所 他界したふたりの友人作家、宮脇愛子さんと長澤英俊さんに捧ぐ》

【作品コンセプト】

 この作品は真鶴の本小松石による、14歳ぐらいの子どもが眠る大きさの棺をイメージしています。また、作品の大きさは33冊の聖なる本が入った容器の大きさでもあります。私にとって、33冊の本は死者の鎮魂を意味しています。

 石の棺は、何世紀も風雪にさらされたようなうねりを表面に施しています。まるでうねりが、何世紀もの時間の経過を証言しているかのように。この石は、道を示しています。生と死を内包する道です。石は、生存について瞑想するための休憩所です。

 日本庭園では、詩に詠われた風景が作庭され、その風景を示すために石が置かれることがあります。この作品には、そのような詩的な手法が取り入れられています。瀧門寺を訪れたときに、すでに私の中で作品は生まれていました。お寺の入り口のあの角度は、長い登り階段の参道とお墓とともに世界を洞察するのに最適であることに疑いはありませんでした。この場合の世界とは、内と外の世界であり、生と死の世界です。

 休憩所と考えた、お寺の入り口の片隅には梅の木があります。時の周期性を表すその木に、2冊の本を抱き合わせて結びたいと思います。本は、道元と老子に関するものと考えてます。瀧門寺は曹洞宗のお寺であるので、道元の本が老子の本をもてなしているかのように結びたい。両者は、ともに思想家として、知のひかりへ向かう美意識があったのだから。(※現在、本は撤去されています。)

 夕方、お寺の梵鐘が鳴り響くとき、周辺の風景と作品との間には濃密な原子の振動が起こることを想像します。