ぶら〜り菊池さんぽ

熊本県

ぶら〜り菊池さんぽのイメージ

熊本県北部に位置する菊池市は、豊かな水や自然に恵まれた地域。
農業・酪農・畜産なども盛んで、どれも県内外から高い評価を得ています。

「菊池」は古くは「鞠智」と書き、「久々知(くくち)」と発音していました。「クク・チ」とは水が「クク・ル」(潜る)という意味があるそうで、扇状地となっている菊池の地にはぴったりです。山からの砂で美味しいお米の採れる土地となりました。
「熊本」は昔「隈本」と書き、「クマ」という音は、川の曲がったところという意味だそうです。菊池は湖の底だったという伝説もあり、川は菊池から玉名まで蛇行して流れています。海を渡り、南宋貿易をしていた菊池氏の歴史は平安時代に始まり、室町時代まで450年続きました。

数々の争乱を経て、海外との戦いにも巻き込まれて来た「菊池」。
いまは日常にひっそりと隠れ、見つけられるのを待っている「菊池」があります。菊池の変化はゆっくりです。どうぞ、このゆったりした雰囲気を味わいながら、ぶら〜りとお散歩気分で菊池を歩いてみてください。あなたの発見をお待ちしています。

ツアーの参加にはアプリが必要です。アプリをインストールしてツアーコード「92654」で検索してください。
アプリを利用すると、デジタルスタンプラリーやフォトブックなどが楽しめます。事故やケガに備えて100円で最大1億円の保険も加入できます。

菊池武光公騎馬像(きくちたけみつこうきばぞう)

熊本県菊池市

菊池武光公騎馬像(きくちたけみつこうきばぞう)のイメージ

菊池市のシンボルとして建てられた菊池武光公の騎馬像は、日本有数の大きさを誇ります。彫刻家中村晋也氏の制作です。
菊池氏の中でも突出した活躍をしたのが15代菊池武光公です。南北朝時代に九州を統一、菊池一族の最盛期を築き上げました。
菊池では、菊池氏、その支流である赤星氏、西郷氏、木野氏、出田氏、城氏。また都から下ってきた詫磨(たくま)氏、合志氏、竹迫(たかば)氏、隈部(くまべ)氏などの豪族が鎌倉時代から戦国時代にかけて活躍しました。
菊池観光協会や菊池中央図書館に菊池一族に関連するパンフレットや資料が設置してあります。

「背中合わせ」2015いい夫婦の日

熊本県菊池市

「背中合わせ」2015いい夫婦の日のイメージ

菊池市では、中心街の「隈府(わいふ)」と英語で妻を「Wife(ワイフ)」ということから、「おしどり夫婦の里」「妻(女性)を大切にするまち」に取り組んでいます。
2014年、2015年、2019年の3回に渡り、「いい夫婦の日ラブベンチデザインコンペ」を開催しました。2015年のグランプリ作品が第一鳥居前にあります。
作品のタイトルは「背中合わせ」。
ラブベンチなのに背中あわせ?って感じですが、日ごろ面と向かって言えないことを言い合うことで、さらに愛を深めましょうというのがコンセプト。夜になるとベンチにハートの影が出現します!

旧髙木医院と旧松倉家住宅(国登録有形文化財)

熊本県菊池市

旧髙木医院と旧松倉家住宅(国登録有形文化財)のイメージ

国登録有形文化財である高木医院の建物が、菊池にこだわったスイーツがいただけるお店「cafe asanisimasa」として生まれ変わりました。
建物は昭和6年に建てられ、半切妻屋根(はんきりづまやね)、壁は欧風様式、内装は格子天井(こうしてんじょう)や透かし欄間(すかしらんま)飾りが用いてあります。また、大きく窓を設けて採光を確保するなど医院としての機能にも配慮されていました。建築当初から玄関ポーチにたたずむ「サル」と「カエル」の石像は、「病が去る」「治って帰る」という願いで置かれているそうです。
髙木家は代々細川家に仕えた家柄で、池田屋事件で新撰組と戦い、禁門の変(きんもんのへん)で壮絶な最期を遂げた幕末の志士、髙木元右衛門(たかぎもとえもん)も先祖にあたります。(わいふ一番館前の銅像がその人です。)

将軍木と御松囃子能場(おんまつばやしのうば)

熊本県菊池市

将軍木と御松囃子能場(おんまつばやしのうば)のイメージ

将軍木(県指定天然記念物)は、懐良親王(かねながしんのう)お手植えと伝えられる樹齢650年以上の椋(むく)の木です。この木を親王に見立て、正面の能場で御松囃子御能(おんまつばやしおのう)が奉納されます。15代武光が1348年1月14日に懐良親王を守山城に迎えて以来、「天下泰平・国土安穏・武運長久・息災延命」と祈願して続いている神事です。以前は城内に演者が参上して舞っていたようですが、明治時代に菊池神社が創建されたとき、10月13日(秋期大祭の初日)となりました。

菊池神社

熊本県菊池市

菊池神社のイメージ

菊池神社は、守山城の本丸跡にある神社です。12代武時(たけとき)、13代武重(たけしげ)、15代武光が祭られています。明治3年に明治天皇の命によって創建されました。菊池一族をたたえてのことです。周囲一帯は桜やつつじの名所となっています。本殿を望んで右手の方に進むと隈府のまちが一望できる東屋があります。この桜は、後醍醐天皇が南朝を開かれた吉野の地にちなんで植えられました。
現在も植樹活動が続けられています。

稲荷神社・生目神社

熊本県菊池市

稲荷神社・生目神社のイメージ

稲荷神社は、生産・商売繁盛の神様、生目神社は目の守護神が祀られています。
赤い鳥居がたくさん並んでいて写真スポットとしても人気があります。

「生産」と直接は関係ないかもしれませんが、12代菊池武時公には子供が16人いました! 13代武重、14代武士(たけひと)、15代武光をはじめ、肥前守になった武澄(たけずみ)や足利尊氏と戦った武敏(たけとし)など活躍した人物ばかりです。

「ふたりのベンチ」2019いい夫婦の日

熊本県菊池市

「ふたりのベンチ」2019いい夫婦の日のイメージ

いい夫婦の日ラブベンチデザインコンペ2019年グランプリ作品が「ふたりのベンチ」です。
高い背もたれによって視界から景色以外のものを取り払い、「景色をふたり占めする」というコンセプト。また、置かれた場所が城あとですから、武具(ぶぐ)や千本槍(せんぼんやり)をモチーフにしたデザインにもなっています。お姫様、お殿様気分を味わってみてください。
また「夫婦の手紙・絵手紙コンクール」も毎年8月頃開かれています。ぜひご応募ください!

観月楼(かんげつろう)

熊本県菊池市

観月楼(かんげつろう)のイメージ

桜を愛でるならここ!という展望台「観月楼」です。
月見殿(つきみでん)という小字名(こあざめい)だった場所です。

築地井手(ついじいで)

熊本県菊池市

築地井手(ついじいで)のイメージ

加藤清正が肥後をおさめていた慶長年間(1596~1615年)に築かれたとされ、菊池川流域で一番古い井手といわれています。守山城の城郭(じょうかく)を、菊池氏滅亡後に隈部親永(くまべちかなが)が縮小し築いた堀を活用したものと考えられています。市街地では水路がふさがれているところもありますが、取水口から東正観寺までは風情のある水の流れを見ることができます。お散歩におすすめの道です。

熊耳山正観寺(ゆうじさんしょうかんじ)

熊本県菊池市

熊耳山正観寺(ゆうじさんしょうかんじ)のイメージ

15代武光が菊池五山の「五山の上」として1344年に建立しました。奥に進むと境内には武光の墓木とされる樹齢約600年の樟(クス)の大木があります。菊池の山城跡にはたいてい楠の木があるようです。
さて、正観寺を本山としてその支配下にある寺を末寺(まつじ)と呼びますが、それまで含めると範囲は広く電波塔があるNTT西日本あたりまであったそうです。

武光公のお墓は、お寺のお庭奥にあります。
個人宅で門あたりでピンポーンと鳴りますのでご配慮お願いします。
夜間は立入をご遠慮ください。

「三日月ベンチ」2014いい夫婦の日

熊本県菊池市

「三日月ベンチ」2014いい夫婦の日のイメージ

院馬場(いんのばば)ポケットパークにある2014年のいい夫婦の日ラブベンチグランプリ作品です。夜になると外灯の明かりに照らされて、三日月に座っているように見えます。

菊池温泉 足湯

熊本県菊池市

菊池温泉 足湯のイメージ

「化粧の湯」とも呼ばれる菊池温泉の湯は、昭和29年に湧出した自然100%の湯です。
湯量豊富で無色透明のアルカリ性。肌に優しく柔らかい泉質は、源泉45度を常に保ち、美容・神経痛・リウマチなどに効能があります。
散歩のあとは、この足湯に入って疲れを取ってください。