川棚の歴史遺産戦時遺構めぐり

長崎県

川棚の歴史遺産戦時遺構めぐりのイメージ

時が止まっておかなければならない場所がある

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf

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魚雷発射試験場跡

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魚雷発射試験場跡 のイメージ

長崎県・大村湾に面した川棚町。
ここは、1918年に開設された魚雷発射試験場跡をはじめ、海軍工廠、魚雷艇訓練所など太平洋戦争当時、旧海軍の重要な軍事施設がありました。
魚雷発射試験場では、佐世保海軍工廠や三菱長崎兵器製作所で製造された魚雷の発射試験が行われた。すぐそばにある大きな建物(本部)の中で、魚雷の最終検査や調整などをしていたのではないかと言われています。また、当時魚雷発射の状況を記録・確認するための観測所跡も残っており、ここで合格となった魚雷のみ、船で佐世保鎮守府に送られていたそうです。

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf

特攻殉国の碑(川棚魚雷艇訓練所跡)

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特攻殉国の碑(川棚魚雷艇訓練所跡)のイメージ

この海で、みんな、命を賭けていた。
日々、悪化する太平洋戦争の戦局を挽回するため魚雷艇の訓練所として1944 年横須賀から移転開設されましたが、その年の9月頃より、特攻艇(震洋)要員の養成を始め、回天(魚雷)、伏龍(機雷)、蛟竜(小型潜水艇)などの要員養成にも力を入れていました。そして、この海で全国から志願した数万人の若者が日々訓練を受け、出陣し、3511名が死亡。ここにある特攻殉国の碑は、その殉国者全員の氏名が刻銘されています。

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf

赤レンガ倉庫群

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赤レンガ倉庫群のイメージ

唯一残る、赤レンガの建物。
屋根は全くなく(鉄の盗難などで屋根は外されていたという説)2棟あり、ひとつは個人所有で、もうひとつは川棚町の所有となっています。

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf

鉱滓レンガの建物(変電所跡)

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鉱滓レンガの建物(変電所跡)のイメージ

昭和17年(戦時中)に建てられたものとは思えないほどの外観。変電所ということで頑丈さを求めたものと思われ、溶鉱炉の燃えカスを固めて作った「鉱滓レンガ」で建てられました。現在は個人所有となっており、中を見ることはできなくなっています。

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf

城山公園(歴史と平和の塔)

長崎県東彼杵郡

城山公園(歴史と平和の塔)のイメージ

別名「工廠の見える丘公園」とも呼ばれ、工廠跡地を一望できる高台にあります。戦争の歴史を伝え残す「歴史と平和の塔」と慰霊の塔が建てられ、戦争の歴史を絶対に忘れてはならないという強い思いがここに残っています。

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf

半耐爆型建造物

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半耐爆型建造物のイメージ

魚雷の主な部品を製造・格納していたといわれる建物。奥行は約100m、(現在は石垣で塞がれている)当時は縦に3本つながっており、現在は歩いて行くと2本目までは確認することができます。

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf

川棚町郷土資料館

長崎県東彼杵郡

川棚町郷土資料館のイメージ

ここには、川棚町史談会の皆様が長い月日をかけて収集した戦時遺構資料などが数多く紹介されており、当時の川棚町周辺の地図や工廠などの写真も展示してあります。

【引用元】川棚町遺構ガイドマップ
https://www.kawatana.jp/kankou/entry-img/wartime-ruins_01.pdf