最初の天下人 戦国武将 三好長慶ゆかりの地周遊ツアー

大阪府

最初の天下人 戦国武将 三好長慶ゆかりの地周遊ツアーのイメージ

三好長慶(1522~1564年)は、阿波(徳島県)に生まれ、畿内(近畿地方)を中心に活躍しました。細川家の家臣という立場であった長慶は、時の室町将軍足利義輝を近江(滋賀県)を追放し、足利将軍家を擁せず京都を支配するまでに三好一族を押し上げました。当時、日本の中枢であった畿内を抑え、堺(大阪府)の重要性を認めてその掌握に努めました。長慶は、織田信長に先立ち、最初の「天下人」ともいえる人物です。
京都を中心とする畿内十一ヵ国の広い範囲を治め、中でも長慶の居城であった国史跡飯盛城跡(飯盛山)【大東市・四條畷市】や芥川山城跡(三好山)【高槻市】父元長の菩提を弔うために創建した南宗寺【堺市】など、ゆかりの地が大阪府下に多く存在します。そんなゆかりの地を是非めぐってみてください。

ツアーの参加にはアプリが必要です。アプリをインストールしてツアーコード「03386」で検索してください。
アプリを利用すると、デジタルスタンプラリーやフォトブックなどが楽しめます。事故やケガに備えて100円で最大1億円の保険も加入できます。

飯盛城跡(飯盛山)【大東市・四條畷市】

大阪府大東市

飯盛城跡(飯盛山)【大東市・四條畷市】のイメージ

飯盛城跡は、大東市と四條畷市にまたがる飯盛山の山頂付近に存在する中世の山城跡です。「続日本100名城」のひとつに選定され、2021年10月11日に国の史跡に指定されました。
飯盛城は、戦国時代に三好長慶が居城としたことで知られ、長慶は1560年11月に芥川山城(高槻市)から拠点をこの城に移しました。彼はこの城を拠点に五畿内(大和、山城、河内、摂津、和泉)と四国の一部など13ヶ国を統治し、室町幕府の政治を動かしました。彼が1564年に城中において43歳で没したことは2年間にわたり秘められ、その遺体は御体塚郭(ごたいづかかく)に仮埋葬されたといわれています。
長慶が飯盛城主であったのはわずか4年あまりですが、この城は政権が所在する「首都」といえるような場所でした。近年織田信長に先駆ける天下人として評価されています。
【アクセス】JR学研都市線 四条畷駅または野崎駅を東へコースにより徒歩1時間から1時間20分、JR学研都市線 住道駅から近鉄バス龍間バス停下車して北へ徒歩約40分。車の場合は、飯盛城跡駐車場(大東市野外活動センター向かい側)から徒歩約20分。

芥川山城跡(三好山)【高槻市】

大阪府高槻市

芥川山城跡(三好山)【高槻市】のイメージ

芥川山城跡(芥川城跡)は、北・西・南の山裾を芥川がめぐる天然の要害・三好山(標高182.69M)に築かれた戦国時代の山城跡です。摂津・丹波の守護・細川高国によって、1516年までに築城されました。
この後、高国を自害に追い込んだ細川晴元が滞在しますが、晴元を追放した戦国大名・三好長慶が1553年に入城。長慶は将軍を擁立することなく畿内を支配し、人々から天下人との評価を受けるに至ります。2017年3月に「続日本100名城」に選ばれています。
【アクセス】JR高槻駅北から高槻市営バス「塚脇」または「下の口」行き「塚脇」下車。徒歩約50分。車の場合は、新名神高速道路高槻JCT・IC出口より摂津峡駐車場へ、駐車場から徒歩約35分。

南宗寺【堺市】

大阪府堺市

 南宗寺【堺市】のイメージ

1557年三好長慶が父元長の菩提を弔うために、大林宗套(だいりんそうとう)を迎え開山とした臨済宗大徳寺派の寺院です。1615年の大坂夏の陣による焼失後、寺地を現在の場所に移し、沢庵宗彭(たくあんそうほう)らにより再建が行われました。境内には国指定名勝のの枯山水の庭、国指定重要文化財の仏殿・山門・唐門、千家一門の供養塔、利休好の茶室実相庵(じっそうあん)などがあります。
【アクセス】阪堺線御陵前駅から徒歩約5分。車の場合は、阪神高速15号堺線出入口より約10分。

顕本寺【堺市】

大阪府堺市

顕本寺【堺市】のイメージ

1527年には堺幕府が成立し、当寺は5年間続いた堺幕府終焉の地となります。堺幕府滅亡時に当寺で自害した、堺幕府の中心人物・三好元長の子である三好長慶が亡父25回忌の為に、当寺において法華千部読踊・千部書写の法要を修したという記録が残っています。
【アクセス】阪堺線宿院駅から徒歩約3分。車の場合は、阪神高速15号堺線出入口より約5分。

若林神社【松原市】

大阪府八尾市

若林神社【松原市】のイメージ

長慶が畿内を支配しようとし、河内でも激しい戦いがくりひろげられました。河内を支配していた河内守護で、高屋城主(羽曳野市古市)の畠山氏を討つため、1547年、今の松原市若林に陣所を置き、1560年には進軍したといわれています。ここ若林一丁目に鎮座する若林神社が微高地の最高所にあたり、当時は、今と比べられないほど広大な地が森で囲まれていたと言われています。同地が小字「若林」であるうえ、鎮守の森が陣取場になりやすいことから、神社付近が戦略拠点にふさわしい場所だったと推測されます。
【アクセス】近鉄南大阪線恵我ノ荘駅、または、大阪メトロ谷町線長原駅より徒歩約30分。車の場合は、阪神高速14号松原線大堀出口から松原ジャンクション道路休憩施設に駐車、施設から徒歩約10分。